「モノづくりが注目される時代はもう終わった」
そんな言葉をどこかで聞いたことがある。聞いた時は「まあそうかもな」と思ったし、自分自身もそう感じていた。というのも、IT、AI、SaaS、医者、金融、海外と大学の同期が向かっているのは、そんなキラキラした世界ばかりだったし、なんの夢も目標もないけど、自分もそういった業界にいるものだろうと思っていた
ただ、今僕がいるのは、親が経営する奈良の田舎の靴下工場。3代続く社員15名ほどの中小企業だ。
正直戻ってくると決めたとき、思い描いていたかっこいい未来は見えていなかったけど、ただ「一度はやってみないと納得できない」そんな気持ちが自分の中で大きくなっていた。
■僕のこれまで(ざっくり)
国公立大学を卒業して、不動産会社に新卒入社をした。配属は総務部。はっきり言って、業務の8割はルーティンと周りの機嫌取り。「手順を覚えて、間違えずに波風立てにこなすことが正義」そういった仕事が性に合わなかった。
「このまま毎日がコピーされたままでいいのか」と焦って、入社3年目で辞めた。ここで安定を捨てた気がする。
思い切って海外に行こうと総額50万円ほど英語教育に投資をしたが、コロナでとん挫。仕方なく派遣社員をしながら、YouTubeやアフィリエイト、業務委託で「手に職」を探しながら食つなぐ。
でも、どれも「心が動かない」。それでベンチャー企業に再就職した。忙しかったけど、素晴らしい社長に出会い、手ごたえはあった。3年働いた頃、父親から「そろそろ会社のことを考えてほしい」と言われた。
今まで継ぐための教育を受けてこなかったため、散々悩んだ末に戻ってきたが、その時の想いなどはまた別の機会に書こうと思う。
■ モノづくりって、もう必要ないんじゃないか?
正直に言うと、僕は「靴下なんてもう完成されている」と思っていた。どこで買っても、よほどひどいものでなければ機能的には十分だ。滑りにくい、ムレにくい、履きやすい。所詮は消耗品、それっぽいことが書かれた商品は世の中に山ほどある。
生産人口が少なくなっていく中で、靴下を作るのに果たして「貴重な人の手」が必要なのか?むしろ、AIが設計・生産をすれば、ブレのない“合理的な靴下”が量産できるんじゃないか?
実際、うちの会社はOEM(受注生産)が多く、商品企画は取引先がする。こちらはあくまでそれを形にして納品する。「ここに、やりがいとか自己実現とかあるのか?」会社に戻ってからそんな気持ちを拭えないまま、毎日を過ごしていた。
■ でも、ある日見えてきた“何か”
転機になったのは、2017年に父が立ち上げた自社ブランドOLENOについて、お客様からいただいた感想だった。
「今までの靴下で一番走りやすい」
「この靴下でないとダメになってしまった」
「不安がなくなった」
大袈裟ではなく、こういった声がリアルやメール、SNSで届いていた。
はじめは「営業トークっぽいな」と思っていたけれど、読み込むうちに気づいた。そこには”感情”が乗っていた。
商品というより、体験として語られる。「履いてよかった」「この靴下があることで自分に勝てた」そんな声に、なぜか自分の中の何がが動いた気がした。
■ 靴下でそこまで変わる?
靴下は生活の中で“無意識ゾーン”になるアイテムだ。どんなに機能が高くても、意識されることは少ない。でもそんな靴下にすら「感情が宿る」ことがある。
ある登山者の方が「この靴下なら下山の時に怖くない」と言っていた。ランナーの方が「レースの時はこの1足と決めている」と話していた。
これは、単なる機能を超えて、感情や行動に作用している証拠ではないか。
AIにこの靴下を設計させたとしても、多分この声は生まれない。
0.5ミリのズレに「なんか違う」と気づく。履いた時の微妙な違和感を気に留める。そして、それを微調整する人間の“感覚”が届いているのだ。
■ 結局、自分は何を求めているのか?
自分でもまだうまく言葉にできないが、「意味のある仕事がしたい」とずっと思っていた。でも、”意味”ってなんだろう。社会的意義?誰かの役に立つこと?新しいものを生み出すこと?
色々考えたけれど、今の自分が思うのはこれだ。
「誰かの毎日をちょっとだけよくするものを、ちゃんと作って届けよう」
派手さはない。イマどきさもない。ただその”ちょっと”の積み重ねが、いつか大きな信頼や価値になる。それができるのは、間違いなく機械ではなく人間だ。
左の道に人が倒れていても、右の道に行くことをプログラムされた機械は歩み寄れない、人間は気が付いて歩み寄ることができる。
■ だからこそ、迷っている
ありがたいことに、今では自社ブランドOLENOの展開も増え、少しずつだけと”消費者の顔が見えやすいモノづくり”にシフトしつつある。ただ、だからこそ思うのだ。「作る」だけではなく、「正しく届ける」ことの意味がより問われるようになった。
そして、それに携わる自分自身も、“どんな想いでこのモノづくりに向き合うのか”をちゃんと明確にしておく必要がある気がしている。想いはダイレクトに、必ず消費者に届くから。
だから、次回は「モノづくりの本質って何だろう」と立ち止まって考えてみたいと思う。これは多くの職人さんや中小製造工場の方にも当てはまるのではないかと思っている。
仕事の意義とかやりがいなどについて迷っている方はぜひ一度、新たな視点の参考として読んでみてほしい。そして意見が欲しい。